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不便だけど、決して不幸じゃない。宇久島で育む、未来のかたち。
宇久だより
posted: 2026/01/22
不便だけど、決して不幸じゃない。宇久島で育む、未来のかたち。
― 宇久島/永松さんが語る教育と暮らしのリアル ―
取材・記事:手取屋茉采(長崎県立大学 地域創造学部 公共政策学科 3年)
宇久島には子どもたちの未来を信じ、退職後も教育に携わり続ける人がいます。宇久中学校教諭・校長を経て、現在は宇久中学校のスクールカウンセラー、地域コミュニティセンター図書室職員として活動する永松市子さんにお話を伺いました。
島で育ち、島で教え、島で支える
永松さんは宇久島で生まれ育ち、宇久高校を卒業した後、島外の大学へと進学します。「いつか宇久島に帰ってこよう」という思いを胸に、学生時代を過ごしたといいます。大学卒業後は、国語の教員として、勤務校を移しながら多くの生徒たちと出会ってきました。
その後宇久島に戻り、教頭、校長を経て退職。現在は、高校の同窓会副会長、幼稚園や中学校の評議員、心の教室相談員など、地域の子どもや教育に関わる役職を数多く担っています。
「人が少ないから、私みたいに一人者で使い勝手のいい人間はよく使われるんです」
と冗談めかして話してくれましたが、その笑顔の奥には、地域の人たちへの強い責任感が感じられました。
さらに、コミュニティセンターから「図書室の司書をやってほしい」と頼まれ、現在は司書として4年目を迎えます。
「本が大好きなんです。本を読まない人なんて、意味がわからない」
と言い切る姿がとても印象的でした。
教員を志した原点
宇久島で子どもたちと真っすぐに向き合い続けてきた永松先生。その穏やかな表情の奥には、「教員になりたい」という強い思いを生んだ、忘れられない出来事があるそうです。
「教育実習のときに中学校が火事になったんです。実習生の私は、子どもたちが動揺しているなかで教壇に立っていいのだろうかと迷っていました。でも担当の先生が行かせてくれたんです。」
授業当日、ドアを開ける直前まで、何をどう話せばいいのか分からず、胸の中は不安でいっぱいだったそうです。しかし、教室に入ると、教卓の上には瓶に挿されたカーネーションが。そして、生徒たちは一斉に先生の方を向いていました。
「その瞬間、“子どもってすごいな”と思ったんです。この子たちと一緒に成長していきたい——そう感じたんです。」
この出来事が、先生が“どうしても教員になろう”と決意した瞬間でした。
元々、国語や文学が好きで専門的に深めたいという思いもあったといいます。大学では民俗研究会に所属し、地域の文化や人とのつながりを学び、「地域の中の自分」という意識を強く持つようになりました。
「島の人たちに支えられて生きていると実感したんです。だから、やっぱり地元に帰らないといけないなと思いました。」
現在のお仕事を続けながらも、先生は今も民俗学の思いを胸にしています。地域に根ざした教育を大切にしながら、子どもたちと共に成長していく——その姿には、あの日の火災の中で感じた“子どもの力”への信頼が今も息づいています。
「地域全体が先生」——宇久島の教育文化
「宇久島の教育を語るうえで欠かせないのが、地域と学校との強い結びつき」
と永松さんは語ってくれました。ある朝、児童の一人が登校してこないことがありました。保護者にすぐに電話し、PTA会長が駆けつけ、住民が連携してみんなで島中を探し回って見つけたといいます。宇久島は地域全体で子どもを探し出す体制が自然と整っています。このような関係は、特別な仕組みではなく、長年の信頼関係や助け合いの文化の中から生まれたものです。さらに、警察が朝のあいさつ運動に参加したり、船が来るときの見張りをしたりなど、日常的にも子どもを見守る取り組みが行われています。地域の大人たちが学校や家庭の垣根を越えて子どもたちを気にかけ、育ちを支えている姿は、まさに「島ぐるみの教育」といえるでしょう。こうした環境の中で、子どもたちは安心して学校生活を送り、地域への信頼と愛着を育んでいます。都市部の学校では得がたい「顔の見える関係性」が、この島の教育の最大の強みです。
また、永松先生は教員を退職した後も、教育に関わり続ける理由についても語ってくれました。
「教員時代、地域の方に協力してくださいと頼んでいた。だから、今度は私が協力する立場なの」
と。
その言葉には、地域と学校のつながりを大切にしてきた永松先生の温かさと責任感がにじんでいました。
少子化の現実と、それでも前を向く姿勢
宇久島の小中高の児童生徒数は減少の一途をたどっています。小学校35人、中学校13人、高校12人。卒業後、多くの子どもは島を離れます。
それでも永松先生は
「不便だけど決して不幸ではない」
と言い切ります。便利だからって幸せって訳ではない。不便の中で楽しくやれば、もっと楽しくなる、と。その例として、全校かくれんぼ大会やノー校則デーなど、小規模だからこそできるユニークな取り組みがあり、子どもたちは豊かな経験を積んでいます。また来年度からは離島留学制度が始まり、全国から高校生を迎え入れる予定。教育を通して関係人口を広げ、島の未来を切り拓こうとしています。
「あと何年続くだろうと思うこともある。でも、なるべく最後まで、死ぬまでここにいたい。」
島の教育がつなぐもの
宇久島の小中高は小規模ながら、地域と連携した教育活動が盛んです。地域の祭りや伝統芸能の継承も教育の一環として取り入れられ、子どもたちは「地域の担い手」として育っていきます。中高生が下の学年へ伝統芸能を教える光景は、まさに「学びの循環」を象徴しています。また、小中高一貫のカリキュラムにより、早期から英語教育や理数教育を強化。少人数を活かした個別指導も行われています。
「島では先生の数が子どもより多いこともある。だからこそ、一人ひとりに寄り添える」
子ども一人ひとりにしっかり目が届くということは、学びだけでなく心の成長にも大きな影響を与えており、子どもたちを丁寧に支えるための贅沢な環境だと感じました。実際に宇久島での教育は、着実な進路実現につながっており、進学実績だけでなく、生徒が目標に向かって努力し続ける姿勢こそがこの高校の誇りです。
宇久島から未来へ
「宇久島では子どもは島の宝」
永松先生の信念は、宇久島の教育そのものを体現しています。取材を通して感じたのは、ここでは「ゆっくりでもいい」という温かい時間の流れの中で、子どもたち一人ひとりが自分のペースで輝いていること。先生方も地域の人も、子どもの可能性を信じて見守っています。その姿に、教育の本質を見た気がしました。
島を離れた後も、自分の原点を誇れるように――。宇久島の教育は、子どもたちの心に確かな“根”を育てています。自然と人のぬくもりに包まれたこの島で、学び、暮らすこと。それは、都会では味わえないかけがえのない時間になるでしょう。
もし、「ゆっくりと、まっすぐに育つ」場所を探しているなら、宇久島の教育と暮らしを一度のぞいてみて下さい。きっとここで、新しい未来の形が見えてくるはずです。